金沢中央教会
❖川口昌英 牧師
❖聖書個所 ヨハネ12章23節~26節
❖中心聖句 ……「まことに、まことにあなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落
ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし、死ねば、豊かな実を結びます。」
ヨハネの福音書 12章24節
❖説教の構成
◆(序)ある老学徒のことば
①第一次大戦敗戦によって疲弊したドイツ国家、民族の偉大さを誇り、尊厳を取り戻そうとしたナチスが政権を握り、国家の全領域をナチスの価値観によって覆い 、その価値を体現する一人の指導者のもとに結束すべきと主張して概ね目的を達成し、最後に福音主義教会までもその価値観によって変革し、支配しようとした時に、本来の宗教改革の信仰に立ち、明白に反対を表明したドイツ教会闘争というものがありました。教会や国家についての信仰告白である有名なバルメン宣言(1934年)を表明した教会闘争です。確かに、その闘争の性質について、後の大量虐殺に通じるユダヤ人排斥について態度表明をしていないと指摘されたり、又何度か分裂し、そして最後は力を失った感がありますが、政治は言うまでもなく、産業界、また大学などあらゆる領域がナチスの価値観によって均質化されている中で、福音主義プロテスタント教会が唯一、そのような考えに対して、はっきりとノーと言ったのです。
それは本当に大きな意味を持つ行動でした。それゆえ、国家と教会のあり方について、わが国でも多くの研究者が、重要な歴史として、このドイツ教会闘争について学んでいます。日本の戦前のキリスト教界が総じて国家神道を基底とする全体主義体制の中で、本来の信仰を失うようになったのに対し、何故、ドイツの福音主義教会がそのような過酷な状況の中で、本来の信仰に立つことができたのか、日本の教会の問題として考えようとしているのです。
②中でも先駆的に取り組んで来られた研究者の一人に雨宮栄一という先生がおられます。この方は、1927年生まれの、元々は日本基督教団の牧師でもある方ですが、この教会闘争について多くの著書を残されています。雨宮先生は、学びを通して教えられたことを説教の中でも語られています。その中の一つ、信仰のあり方についての説教が心に深く残っています。学び会の中で紹介されたものですが、マタイ28章18節~20節の説教の中でこのように話されています。
その個所は、ご承知のように、大宣教命令と言われているところですが、雨宮先生は、この主イエスの命令の中心は、「行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。」であると強調されるのです。バプテスマを授けたり、主の命令を守るように教えることは、弟子となることの内容であると言うのです。すなわち、自分がただ知識を得たり、不安がなくなったり、幸福感に満たされることで終わるのではなく、いつも主のみもとにいて、主から倣い、主が示された道を歩む弟子となるように主は望んでおられると言うのです。
そして、それに関連して、日本のクリスチャンについて次のように言われています。「私は伝道者でありますから多くの求道の友と接して来ました。このことは、喜びであり感謝であります。ところが、それらの方々の少なからざる人たちは、自分の安心、自分の慰め、自分の幸福を願いながら洗礼を受けますが、そこから一歩も出ようとしていないのです。なるほどそれらの方々は、洗礼を受けます。主イエスの教えにも耳を傾けます。けれどもその人の最大の願いと目標は、自分が幸せになることであり、自分が満足し、自分の心が安らかになることです。そこから、はみ出すようなことは致しません。あくまでもその限りにおいて洗礼を受け、教えを聞くことを致しますが、それ以上のことはしないということになるのです。」みことぱが言っていることと異なっていると語るのです。
◆(本論) 一粒の麦として生きる
①本日の個所は、主イエスが十字架の死を受ける直前、ご自分が来られた目的をあらためて伝えているとともにご自分に従う者の生き方について語っているところです。中心である24節の説明として、25節~26節が語られています。地に落ちて死なない穂とは「自分のいのちを愛するが、それを失う者」また「主のもとにいない者」であり、反対に、地に落ちて死ぬ一粒の麦とは「この世で自分のいのちを憎む者」、「主のもとにいる者」であると言うのです。
どういう生き方でしょうか。働く場合にも、家庭生活を送るにおいても、或は生きて行く道を選択するにも神を基準、神の栄光を基準にするということです。具体的には会社やさまざまな組織で働いている人の場合「……キリストのしもべとして、心から神のみこころを行い、人にではなく、主に仕えるように、善意をもって仕えなさい。」(エペソ6章6節~7節) 、世の人々が人からの評価ばかり求めて行くことに対し、誰も見ていなくても主に従うように働くことです。又家庭においては世間体でなく、家族の一人ひとりが希望を持って生きるように心を配ることです。更にこれから生きていく道を選ぶ人であるなら、 世の評価でなく 、主の栄光のためにという意識をもって、賜物が用いられるところに進むことです。「地に落ちて死ぬ一粒の麦」になるとは、宣教師や牧師などの直接献身だけを言うのではありません。雨宮先生が言うごとく、本当にキリストの弟子となることであり、すべてのキリスト者に対して言われているのです。
②それではどうしたらそういう生き方ができるのでしょうか。二つのことを知っていることが有益です。まず、大きな穂から離れて一粒の麦として地に落ちて死ぬことは、人間的には孤独な生涯に入るように見えますが、実は恵みに満ちたすばらしい方が共におられる生涯だと言うことです。確かに、大きな穂についているなら、寂しくなく、同じところにいるという安心感があります。反対に世の人々とは違う基準に立ち、違う目的をもって生きる道を歩むなら理解されない、人々から受け入れられないという孤独感を感じるでしょう。一粒の麦として地に落ちるとは、踏まれ、地中深くに入り、隠され、見えなくのですから、人々から評価されないばかりでなく、全く忘れ去られるのでしょう。しかし、是非、覚えておいていただきたいのは、その一粒の麦には神の愛(聖霊) という豊かないのちが宿っていることです。慰め主であり、真理に導いてくださる方が共におられ、やがて実を実らせてくださるのです。
もう一つ、知っておきたいことは、誤解している人が多いのですが、地に落ちて死ぬ一粒の麦となることは廻りの人々の人生に豊かなものを残すということです。現代は何でもすぐに結果が求められます。情報が将来の成功の鍵を握っていると思われています。そういう時代においては、世の流れから離れ、踏まれ、地中深くに埋まってしまう一粒の麦のような生き方は何も影響を与えることはないと思われています。しかし、実際はそうではないのです。情報を握り、成功をおさめたように見える人がすぐに人々の記憶から忘れられているのに対し、世に流されず主の弟子として主に仕えた人物はいつまでも人々の心に残り、深い影響を与えているのです。
◆(終わりに) 一粒の麦となることを恐れない。
一粒の麦として生きることは、日本で言うならば矢内原忠雄、また韓国で言うならば朱基徹(チュ・ギチュル)牧師のようにならなければならないという意味ではありません。置かれている場で神にあって生きることです。決して容易ではありません。むしろ、多くの困難に出会うでしょう。けれどもその生き方は真の祝福がある生涯です。人と繋がっていることが大事とされている時代です。しかし、それよりも更に大切なのは主との繋がりです。見えるものにではなく、見えないものに目を留めて、主にあって生きることにこそ力があり、祝福があるのです。一粒の麦となることを恐れてはならないのです。もう一度、神の民とされている意味を覚えようではありませんか。
